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[インタビュー]注目のパズルアドベンチャー「SCHiM」の開発者に話を聞いた。ミニマリストなゲーム作りはどのように行われているのか
「SCHiM」公式サイト
東京ゲームショウ2022に出展され,「センス・オブ・ワンダー ナイト 2022」のAudience Award GPを受賞するなど注目の「SCHiM」。影の精霊スキムが,ずっと一緒に過ごしてきた影の持ち主と離れ離れになってしまったため,街中の影から影を飛び移りながら追いかけていくというゲームだ。電柱や街路樹,公園を歩く人,自動車,バイク,さらに池を泳ぐアヒルまで,ゲーム中のすべてのオブジェクトが影を落としている。
ほぼ単色のステージは黒い線と影で構成されており,線画のような抽象的でミニマルなアートスタイルだが,実際には3Dグラフィックスで描かれている。視点を4方向に変えることができ,一方向からは見えなかった影も,カメラを切り替えることで見えてくるといった展開もある。動く車や人,ネコなどの移動パターンを読み,それらの影を利用して移動することでのみで先に進めるという,パズルとしても非常にシンプルで分かりやすいルールだ。
BitSummit Let’s Go!!で公開されていた「SCHiM」のプレイアブルデモでは,チュートリアル的な役割を果たすゲーム序盤のシーンがプレイできたほか,スキムが宿主と別れるきっかけが,ゲームの風景を使ったプレイアブルムービーのような形で描かれており,開発が順調に進んでいることをうかがわせた。
スキムの持ち主である男性がよちよち歩きだった頃から影として彼の生活を見守り,仲間たちと自転車に乗ったり,サッカーをプレイしたり,恋愛と失恋,就職など,1人の人生を走馬灯のようにめぐりつつ,ある出来事をきっかけに離れ離れとなり,打ちひしがれた男性を追いかけ,街中を探し回ることになる。果たして,そんな「SCHiM」の開発チームは何を考え,どのような意図で本作を開発したのだろうか。
4Gamer:
(デモをプレイし終えて)今回はストーリーが分かるゲーム序盤をプレイできましたが,まったくセリフがないのに「離れてしまった瞬間の悲しさ」が伝わってきたことが印象的でした。
ニルス・スリカーマン(以下,スリカーマン)氏:
ありがとうございます。言語に頼らず,ペースを考慮してテンポ良くプレイできるようにしたのは意識した部分です。プレイテストでは,自転車が盗まれたことをテスターたちが気づくかどうかが心配だったのですが,アッと声を上げる人が多くて安心しました(笑)。
4Gamer:
プロジェクトがスタートした経緯を教えてください。
スリカーマン氏:
Extra Niceが発足したのは8年ほど前ですが,私たちは地元の大学でゲームデザインの講義をすることも多いんです。地元というのは,オランダ北部のレーワルデンという田舎町で,オランダのゲーム関係者でも「あんなところでもゲームを作っているのか」と言うような場所ですね(笑)。ともかく,そこにエウォルド・ファン・ダー・ワルフ(Eword van der Werf)という非常に優秀な学生がいて,彼のプロジェクトを完成させて,世に出すためのお手伝いをしようと,我々がバックアップすることになったのです。
4Gamer:
つまり,「SCHiM」は学生プロジェクトというわけですね。
スリカーマン氏:
ある意味そういうことですが,彼が2020年に卒業する以前からインターンという立場でExtra Niceに参加してもらい,彼をサポートしながら,ゲームとして十分に遊べる状態にするという形です。我々は,プロトタイプに対して方向性やデザインのアイデアを出し,良し悪しの判断はエウォルドを尊重しています。インターン終了後,彼は独立しましたが,ゲーム開発に深く関わっています。
4Gamer:
そもそもスキムとは何なのでしょうか。
スリカーマン氏:
まあ,跳ね回る姿からカエルだと思う人もいるようですし,タコのような軟体生物だと考える人もいるようです。オランダ語のSchimは「霊」といった意味しかありませんが,そもそも精霊とは何なのでしょうか? それは皆さんのご想像にお任せして,クローズアップで姿や生態を細かく紹介するといったことは控えるようにしています。
4Gamer:
「SCHiM」にはユーザーインタフェースが何もなく,画面いっぱいの風景を楽しめますね。
スリカーマン氏:
カメラの角度を変えながら影を頻繁にチェックし,どうやって影づたい目標の方向に進めるかを考えるので,ユーザーインタフェースに頼らないゲームデザインが不可欠だと思いました。ゲームそのものが,例えば2回めのジャンプで次の影に行けないとやり直しといった,シンプルで分かりやすいものなので,多くの人が体感的に理解でき,ストレスなく楽しめるのではないでしょうか。
4Gamer:
文字の表示をなくすというアプローチも,その一貫ですか。
スリカーマン氏:
ええ。会話や文字で伝えることなく,何をすべきかをゲーマーに理解してもらえるゲームデザインを目標にしています。自分のペースでリラックスしながらプレイをもらえたらいいですね。
イベントで皆さんのプレイの様子を見ると,信号のスイッチを入れるというチュートリアルの1シーンでつかえている人が多かったようなので,こうした部分を改良していかなければならないと思っています。
4Gamer:
ミスのストレスを少なくするのは最近のゲームデザインのトレンドですが,本作でもジャンプのミスは1度許されていて,離れた場所に届くのかを試して失敗しても,元の場所に戻ってやり直すことができますね。
スリカーマン氏:
はい。例えば,ジャンプミスでステージを最初からプレイし直すというようなシステムにすることもできましたが,「ひょっとしたら,あの場所に行けるんじゃないか?」とか,「こっちから迂回すれば早いかな?」といった,皆さんのアイデアや探索の楽しさにフォーカスしたかったのです。ゲームでは,主人公の半生を描いていますが,本作は,8歳の子供でも18歳の青年でも,48歳の大人でも誰もが自分のやり方でプレイしてほしいと考えており,そうしたゲームシステムにすることは,開発者に対するプレイヤーの信頼にもつながると思うのです。
4Gamer:
コアゲーマーなら,RTAやスピードランが楽しめそうです。
スリカーマン氏:
そうですね。最速のスピードランだけでなく,レベル中に散りばめられているさまざまなコレクタブルアイテムを全クリするとか。意図しているわけではないですが,さまざまなプレイスタイルがあると思いますし,どれだけのタイムでクリアする人が出てくるのか,我々も楽しみにしています。
4Gamer:
コレクタブルと言えば,ある場所で自転車が廃棄されているのを見つけましたが,あれは影の持ち主の盗まれた自転車だったんでしょうか。
スリカーマン氏:
それは想像にお任せしますが,そうやって自分なりのストーリーを組み立ててもらえるのは嬉しいですね。
4Gamer:
3年ほどのゲーム開発期間で,もっとも困難だった部分はなんでしょう。
スリカーマン氏:
そうですね。私はレベルデザインを担当しているのですが,割と頻繁に直面するのは,パズル要素として不可欠なオブジェクトの影の長さを調整しようと光源位置を変更すると,ほかのオブジェクトの影も全部変わってしまうことです。
4Gamer:
ということは,本作にはグローバル・イルミネーションが使われていて,この場合,太陽の光が影を作り出しているということですか。
スリカーマン氏:
そうなんです。太陽光のほか,夕方や夜には,窓や街灯の光,それらが路面に反射する光など,光源が複数になることもありますが,日中の時間帯には,やはり太陽光が主です。つまり,このゲームは「リアルに生成された影」でパズルを組み立てているわけで,そのため,建物から小さなオブジェクトまで,大きさや配置には非常にこだわって環境を作り込んでいます。
光の位置が変化すると,すべてのオブジェクトの影の長さも変化し,例えば背の高いオブジェクトは長い影を落とすようになり,オブジェクトが過密過ぎたり,街燈1本が高いだけでもパズルが簡単になりすぎてしまうのです。
4Gamer:
影はあらかじめ焼き込んであるのかと思っていたので,驚きました。高い評価を受ける理由も分かります。そうなると,予想外のことも起きるのではないですか。
スリカーマン氏:
えー……はい(笑)。もう思い出したくもないですが,本作では,違う時間帯に同じエリアに戻ってくることもありますから,どちらでもしっかり遊べるように,新しいオブジェクトを加えたり,電灯をオフにできるようなギミックを加えたりしました。2つのステージを,並行して作っているようなものです。また,ストーリーが進むにつれてパズルが次第に難しくなっていくのが理想ですから,ステージごとの調整にも気を配っているんです。
4Gamer:
普通にプレイしているだけでは気づかないような,デザイン上の苦労があったわけですね。
スリカーマン氏:
ホント,そうですよ。今回,私の苦労をお話しできる機会ができて,ありがたいくらいです(笑)。
4Gamer:
ゲームを作っていると,現実世界の見方も変わってきませんか。
スリカーマン氏:
それもありますね。移動中の乗り物の影をじっと目で追ったり,面白い形のオブジェの影が気になったり,影の写真ばかり撮っている感じがします。とくに外が明るいときは,ワクワクしながら外に出て,影ばかり見ていますね(笑)。
4Gamer:
これまで何度かゲームイベントでお見かけしていますが,小さな開発チームの場合,イベントに参加するため,プロジェクトに専念できなくなるといった問題はないですか。
スリカーマン氏:
ありますよ。今のところ,2024年内のリリースを目指して開発を進めていますが,開発メンバーがゲームイベントに参加してデモを紹介するのは,このBitSummit Let’s Go!!が最後になると思います。やはり集中できないですからね。今回も2週間くらい前に日本に来たんですが,おいしいものを食べに行く以外,ずっとホテルにこもってノートPCに向かっていました。
4Gamer:
今の時代,リモートワークが普通だからどこでもゲーム開発できる環境なんでしょうが,やはり大変そうです。
スリカーマン氏:
とはいえ,さまざまなゲームイベントに出展することは重要で,ほかデベロッパから助言をもらったり,多くのパブリッシャに興味を持ってもらえたりしました。結果として,「SCHiM」はセルフパブリッシングにしましたが,こうした交流やゲーマーの皆さんの期待は,我々にとって大きなモチベーションになります。もともと小さなゲームとしてリリースするつもりでしたが,ある程度のボリュームを持つ作品に仕上がりつつあると思います。
4Gamer:
来日の目的は果たせましたか。
スリカーマン氏:
日本の市場を知ることができましたし,セルフパブリッシングという話をしていますが,日本では良い縁があり,何らかの発表が近日中に行われるかもしれません。
4Gamer:
その発表と,再びプレイできる日を楽しみにしています。ありがとうございました。
スリカーマン氏が話したように,現在「SCHiM」は2024年内のリリースに向けて開発が行われている。パズルやストーリーを主体とするゲームなので,現時点ではSteamなどでデモを公開する予定はないという。つまり,BitSummit Let’s Go!!でプレイした人はラッキーだったようだ。
Steamのストアページではプレイテストのテスター募集が行われているので,スリカーマン氏らが生み出したレベルの穴を見つけてゲーム開発に貢献したい人は登録しておこう。また,公式サイトのニュースレターに登録して新情報をチェックするのもよさそうだ。